サッカー本 0086
『徳は孤ならず』日本サッカーの育将 今西和男
著 者 木村元彦
発行所 集英社
2016年6月29日発行
いつか紹介しなければならないと思っていた本が、今年の2月に文庫本になった。ほとんどのサッカー本がハードカバーで終わってしまうのに対し、文庫本として出版されるのは、その本が強い力を持つ証拠である。
この本は大きく分けて2つのストーリーがある。第1、2章は育将今西和男のサンフィレッチェ広島での圧倒的な業績と感動のエピソード。第3、4章はFC岐阜時代のFC岐阜とJリーグのお粗末さとゴタゴタの恥部が書かれている。おそらく著者の木村元彦は、FC岐阜におけるJリーグの人事介入、パワーハラスメントの暴挙をルポルタージュとして暴きたかったように思える。しかしそれにも増して、第1、2章の今西の情熱ある育成話は魅力的であり、心に刺さる。
オリンピック代表、日本A代表の監督である森保一は、2012年当時、サンフィレッチェ広島を率いて初年度でリーグ制覇を達成した。その森保が「今の自分があるのは今西さんのおかげ」と言って憚らない。森保が高校時代、今西とオフトが高校まで足を運ぶところから話が始まる。
日本サッカー界において今西和男ほど、人材の発掘と育成に長けた人物はいない。
本に挙がっている選手は、久保竜彦、松田浩、小野剛、風間八宏から始まり、サンフィレッチェ広島の1時代を築いた高木、前川など多くの選手達が名を連ねている。また東京教育大時代のサッカー部の人間関係も驚く。同級生には坂田信久(日本テレビ時代、読売サッカークラブ立ち上げ、高校選手権の関東開催)、最上級生には(後に大阪商業大学の名将となる)上田亮三郎、1つ上には勝沢要(清水東監督)がいる。JFL時代のマツダへハンス・オフトを招へいしたのも今西である。
今西が現役を引退して携わった仕事も興味深い。東洋工業(現マツダ)の独身男性社員が暮らすマンモス寮の運営管理である。高度経済成長時のマンモス寮は7500人。高卒の若者たちの教育に力を注いだ。
寮生の数だけ、人生があるし未来がある。それを考えて伸ばしてやらにゃあいけん。
失敗を犯しながら、どうしたら人は育つのか、動いてくれるのかを、今西はこのマンモス寮の仕事から学んでいった。
マツダJ参入の経緯、ユースの立ち上げと強化(広島の初代ユース監督が小林慎二だった)。育成型クラブへの舵取り、ユース寮を立ち上げた。そこからは駒野友一、森崎和幸・浩司兄弟、前田俊介、高萩洋次郎、槙野智章、柏木陽介が巣立つ。
最後まで通読すると、タイトルでもあり論語の「徳は孤ならず」という言葉が今西和男という人間を通して、強烈に沁み込んでくる。著者である木村元彦の文筆力のすごさもあるが、今西和男の生き様は壮絶である。
Jリーグは、100年構想を実現させるための最も重要な人物を、自らの手で不条理なかたちで追い出した。しかし、今西が育てた人々は間違いなく、日本サッカーの未来を創造していくであろう。
現在、著者の言葉通り、森保一を筆頭に、今西和男に育てられた人間が、日本サッカーをけん引している。