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第100回全国高校サッカー選手権大会山梨県大会3回戦

第100回全国高校サッカー選手権大会山梨県大会3回戦

 

結果

10月16日(土) 10:30キックオフ 御勅使G

韮 崎 10-0(6-0) 市川・青洲・峡南

 

力強い勝利だった。詳しくは調べていないけれど、韮高データバンクのサッカー仲間に聞くと、2桁得点は山梨学院が全国制覇した年の県予選2回戦での白根戦以来のことである(らしい)。14年ぶりの選手権での2桁得点である。この10年間何をやっていたのかな?という疑問は残るのはおいておいて、素晴らしく文句のつけようのないスタートであった。

もちろん細かいことを言えば、詰めの甘さはある。けれど、それにも増して韮高の初戦は手放しで素晴らしかった。10点取れると思っていてもそう簡単には取れるものではない。前半6得点、後半4得点の攻撃力は近年屈指である。

初戦では余計な力が入り、得点を重ねることは難しい。

今年の韮高には予兆があった。9月にユースリーグが再開し、日大明誠を5-0で壊滅させ、ここまでに日本航空帝京三ヴァンフォーレ甲府ユースとのトレーニングマッチを重ねてきた。まずまずというより、文句のつけようのない結果と仕上がりを見せている。県予選突破というより、全国を見据えたチーム作りが進んでいると見て良い。

 

これからの闘いは、数字的にたくさんのゴールを挙げていることよりも、大事な試合でゴールを入れたり、選手がビビってしまうようなシーンに最大の力を発揮できるスペシャルな能力が求められる。そういう部分での結果が出せる選手こそ、必要な選手である。上手くても勝てないチームはある。勝利をたぐり寄せることのできる年代である。多くの巡り合わせや多くの運が後押しをしている。強い韮高の手応えは感じることができた。1回勝ったからといってもまだ何も成し遂げてはいない。もっともっと、勝利への飢えであったり、局面でのボールの奪い合いにおいて、ギラギラする目とプレーの質は上げられるはずである。力強い韮高の試合を期待している。

 

市川・清洲・峡南

市川・清洲・峡南

 

第100回大会の初戦の相手が決定した。対戦相手は、市川・清洲・峡南3校の合同チームとなった。統合のため、今年度で高校の名前が消えてしまう市川、峡南の選手は母校の名を背負っての最後の選手権となる。1回戦、2回戦を勝ち上がりベスト16に名を連ねた。どこが勝ち上がってきても、情け容赦なしに勝ち上がらなければならないのが闘いである。

初戦というのは、どんなチームでもどんな大会でもどんなレベルでも難しい。適度な緊張と程よいリラックスが求められる。これまでの日常とサッカー生活が試される時となる。

 

人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。

 

徳川家康の遺訓である。韮高でのサッカーも同じことが言える。自らが抱え込むたくさんのものがあり、好むと好まざるに関わらず、周囲の期待を背負う。出場できない仲間の想いがあり、応援し続けた家族の想いがある。韮高を応援する地域の方々の想いがあり、先輩OBの想いがある。プラスの力に変えることができれば、負けることはない。

 

選手権大会は、なりたい自分になれる。もちろん全力でプレーすることは大前提で、さらに苦しくなった時こそが勝負である。勝負は最後まで分からない。何気ないプレーが勝敗を左右するかもしれないし、一瞬のひらめきだったり、一瞬の判断が勝敗の行方を左右するかもしれない。勝ち続けること、成功し続けることはとても難しい。それにチャレンジすることこそが価値のあることである。監督を信じ、仲間を信じ闘うことで、良い結果が生まれると思っている。想い続けた想いと夢見た夢を実現する時である。

 

自分の力にしなければならないこと

自分の力にしなければならないこと

 

歴史上に残る誰でも知っているような偉人の言葉は、時に心に響き、突き刺さる。同じように、誰もが知っていなくても、親しみを感じ、信頼できる人の言葉は、何気ない言葉でも、いつまでも心に刻まれる。

 

今年は韮高同窓会の招待サッカーは、昨年に引き続き開催できなかったけれど、同窓会記念誌は発行された。同じ学び舎で3年間を過ごした知らない顔でも、韮高愛が香る文章を一読すると、共感めいた同じ穴の狢的なものを感じる。

 

寄稿された文章の中に、昨年度(ほんの数か月前)卒業した韮高サッカー部のキャプテンの文章を目にすることができた。歴代キャプテンの中でも、文句のつけようない誰もが認める上位にランクインするキャプテンである。

僕がとやかく言うより、尊敬に値するキャプテンが書いている文章をしっかりと読むことが、選手権を勝ち抜く原動力になると思う。

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全般的、相対的に見て、韮高の宿命は文武両道である。僕は文武両道とは月と地球くらい遠い距離だったけれど、なんかみんな勉強もスポーツも3年間を通して成し遂げているなと言った感じである。

 

僕のようなサッカー部員がいた中で、保坂キャプテンのような文武両道を貫き通したサッカー部員はたくさんいる。つらい時こそが勝負で、弱く妥協する自分を、妥協させないもう一人の強い自分を持ち合わせている人間が、サッカーも人生も悔いなく、前向きに突き進むことができるのだろうと思う。

 

現役部員は、自分は無理だと思うのではなく、やり抜いた先輩たちがたくさんいることをプラスの力に変えて、追いつき追い越す努力と継続はすべきである。無理だと思った時点で無理と思う発想はやめよう。絶対に無理ではない。無理だと思うこと自体が無理な思考である。その思考はサッカーには役には立たない。常に前向きな発想と、そこから派生する思考を大切にしたい。将来のことは誰にも分らない。まだまだ自分の中に眠っている能力があるはずである。その能力を眠ったままにしておいてはもったいない。ふっと表に現れる瞬間が必ずある。そのきっかけはこのような文章を読んだ後かも知れない。

 

 

 

 

選手権特集

選手権特集

 

第100回大会の山梨県予選が始まった。100回大会というだけあり、紙面では例年より大きく、多く取り上げられていて、「高校サッカー選手権大会」をしっかりと考える良い機会である。

 

【山梨日々新聞10/5記事】

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山梨の高校サッカーでは、歴史上絶対に落とすことのできない人物となってしまった横森巧監督であるので、当然このような特集をするとき1番初めになる。

記事によると、韮高時代より学院でのサッカー人生の方が長くなったとある。

韮高が倒すべき相手は、山梨学院であると共に横森巧監督でもある。まずは自分たちの近くにこのような素晴らしい高校や指導者がいることに感謝し、相手を敬い、リスペクトするところから始まる。

横森監督の言葉にある通り、「高校生が青春をささげる価値がある」サッカーは、最終目標が選手権大会である。長いサッカー人生で考えた場合、高校サッカー自体は通過点であるものの、高校3年間という短いスパンでは、青春をささげる価値があるものである。

そしてそこには志と覚悟が必要となってくる。志を高く持ち、揺るぎない覚悟を抱いてサッカーに打ち込むことが選手権への最短距離である。選手権前に自らの志たものを深く考え、自らが覚悟したものは何なのかをじっくりと考えることで、見えにくかったものが見えてくるはずである。時間の使い方が変わり、生き方が変わってくる。高校3年間の生き方の指標は、そのような場所から生まれるのではないかと思う。そういった意味において、志と覚悟を持った選手とそうでない選手とでは、大きな開きがあり、その差を埋めることは不可能に近い。志と覚悟を持たない選手が選手権のピッチに立つことは絶対にない。

 

前年度選手権優勝校である山梨学院を意識することは当然である。とはいえ、韮高も負けていないと思っている。先月送られてきた韮葉クラブの会報にキャプテンの力強い文章が載っていた。

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第100回大会の選手権にふさわしい山梨県代表は、韮崎高校だと思っている。

 

追記

白黒写真奥には鰻池先生の若かりし顔が映っている。横森監督、鰻池先生共に現在も指導の現場に立っているので、そのエネルギーはすざまじいものがある。そのパワーを少しでも自分の力に変えたいと思う。そして形にしていくことが大切だと思う。

 

 

選手権開幕

選手権開幕

 

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第100回全国高校サッカー選手権大会山梨県大会が始まった。台風が過ぎ去り、30度近くまで気温が上昇する夏のような1日だった。10月になったというのに南風が心地よく、秋を思わせる風情はほとんど感じられなかった。

ふと、何年か前の選手権を思い出した。夏の終わりのような暑さの中、ちょうど今日のような1日だった。韮高は見事に選手権初戦で敗退した。それも2年続けてである。この時期のバカ陽気と韮高の敗戦はなんとなく結びついてしまう。

 

【山梨日々新聞9/30記事】

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毎年、毎年、「今年こそ」と言い続けて12年。山梨県代表となった韮高は、はるか昔の記憶の片隅にさえ残っていないほどの出来事となってしまった。今年も「今年こそ」と気持ちを新たにする。例年に比べチーム状態も上向きであり、選手達の勝利への飢えは抜群である。燃えたぎる情熱を上手に変換して、プレーに活かせることができれば、勝利は近づく。状況に応じて、時には熱く、時には冷静に自己コントロールをするスキルを身に付けておくことは絶対に必要である。

 

サッカーは相手がいて成立するものであり、自分の力を振り絞ってばかりでは完璧な自己満足で終わる。状況の判断は、敵、時間帯、プレーエリアで異なってくる。クレバーな闘いができる韮高であると思っているので、試合中の小さな駆け引きを確実にものにしていくことが、最終的に大きな結果につながる。

 

例えば事前から分かっている対戦相手のシステムがある。3バックなのか4バックなのか。それに対して韮高は同じように攻撃するのか変化をつけるのか。事前知識として3バックの長所と短所、4バックの長所と短所がある。どうやってシュートまでたどり着くのか、相手の嫌がるところを突くことができるかは、即興だけでなく事前に準備ができる。もちろんチームコンセプトとも関係してくる。ミラーゲームの時や、あえてギャップを作り出すシステムもある。プレッシングのスタート位置、ラインコントロール、マンツーマンかゾーンか、個の時代から組織の中の個が重要視される現代である。サッカーの戦術論は、情熱よりロジックが支配する世界であり、思い入れよりも冷徹な統計データがモノをいう分野である。そう考えれば、やはりサッカーというスポーツは頭を使った方が勝つ。たまたまとか偶然できたプレーが、上手くいくことはほとんどない。緻密で細部にこだわった戦術と選手個々のチームへの貢献が、勝利をたぐり寄せる。

そのような意味合いでいくと、韮高は果てしなく山梨県代表に近く、山梨県代表にふさわしいと思える。やるかやらないか、やるかやられるか、0か100かの試合が始まる。苦しければ苦しいほど韮高らしさが現れる試合が始まる。

 

がんばれ韮高サッカー部