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『地図にない国からのシュート』

サッカー本 0077

 

『地図にない国からのシュート』

サッカー・パレスチナ代表の闘い

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著 者 今 拓海

発行所 岩波書店

2003年8月27日発行

 

戦争、内戦、紛争、現在進行形で地球上で起こっている悲劇的な現実がある。イスラエルパレスチナ自治区も多くの問題を抱えている地域である。宗教(キリスト教イスラム教、ユダヤ教)、民族(イスラエル人、パレスチナ人、ユダヤ人、アラブ人)、国家(イスラエルアラブ諸国)の対立、差別、格差あらゆる問題が山積している。このような政治情勢の中でこの本は、サッカーを通じて、多くのことを考えさせてくれる本である。

 

92年、イスラエルの戦車に囲まれるサッカー場で試合が行われた時は、前半に2得点した選手が、後半途中にピッチに乱入したイスラエル兵5人から至近距離で銃弾を何発も撃ち込まれ即死してしまう。

 

ガザ地区ではイスラエル兵の威嚇射撃が、サッカーをしていた少年2人に銃弾が当たってしまった。1人は頭が半分吹き飛ばされて即死、その少年はパレスチナのU-11以下の代表ストライカーだった。

 

パレスチナにおいては、死は常に隣り合わせの身近な存在である。足はサッカーをするためのもの、手はイスラエル兵に向かって石を投げるためのものである。そのような中、98年FIFAの正式会員となり、パレスチナという国を代表し、アジアカップ、ワールドカップ予選の国際大会に参加する。

 

エジプトのクラブチーム、ザマレクを招いての親善試合には観客が殺到した。1万人ほど入るスタジアムに、足の踏み場もないほどの観客が詰め込まれたのだ。ガサの人々にとっては、満員のスタジアムでサッカーの試合を見るのは初めての経験だった。

 

2000年アジアカップ予選では1勝3敗で予選敗退。本大会で日本はサウジアラビアを破り優勝をする。その時のパレスチナは2週間前から内戦が勃発した。開催国はレバノンパレスチナから数十キロしか離れていない地だった。

01年には日韓ワールドカップアジア予選が始まる。パレスチナ人にとっては60年ぶりのワールドカップ予選の参加であった。グループリーグ2位だったものの、ワールドカップへの夢は閉ざされてしまった。

 

翌々日、パレスチナ代表選手たちは、101日ぶりに「国」に戻ってきた。健闘した選手達へのセレモニーもなく、代わりにイスラエル軍の砲撃が彼らを迎えることになった。彼らが国を離れている間、イスラエルへのインティファーダによりパレスチナ人430名が死亡、2万2000人が傷つくことになった。

 

著者の運が良いといってもいいのか、02アジア大会で日本代表U-23との対戦が実現する。ヨルダンが棄権しパレスチナが代わりに参加することになり、日本のグループに入ることとなった。2-0で日本代表が勝った試合を見た著者は、複雑な気持ちが入り混じる格別の試合であった。

 

著者は何度も何度もパレスチナへ行く。そして多くのサッカー関係者にインタビューをし、国とは、民族とは、サッカーとはと、サッカーという共通言語によってまだ「国」ではない国について語っている。

ストリートでサッカーをしている少年たちに話を聞く。

「サッカーは好きかい?」

「サッカーをいつからやっているの?」

イスラエル兵に石を投げるのと、ボールを蹴るのはどっちが好き?」

6人目でようやく「ボールを蹴る方が好き」と答える少年に出会う。

 

パレスチナ代表選手にも多くのインタビューをしている。

「スポーツ・インティファーダは民衆からサポートを受けていると思うか?」

「もちろん。たまに外国の人から言われるが、パレスチナの友人が死んでいるときにスポーツをするなんて何事かと。でもそれは間違った考え方だ。そうやって人が死んでいることこそが俺たちの背中を押す。それがリアルなスポーツの持つ力だと思う。今、俺たちは石をイスラエル兵に向かって投げることはしない。その代わりにサッカーで闘う。俺たちには、スポーツを通じて報せないといけないことがたくさんあるんだ」

 

「代表選手としての扱われ方は満足しているか?」

「ああ、満足している。俺たちはパレスチナのシンボルのように扱われている。オレは、実際はパレスチナ警察官ということになっているが、仕事場には行ったことがない、いや、一度行ったか。上司には「何をしにきたんだ。お前はサッカーが仕事なんだから」と帰えされたよ。外国で試合をする時は1日12ドルの手当がもらえる。また100ドルくらいのボーナスがでることもある。しかし、他のアラブの国では代表選手に選ばれると1日50ドルももらえるそうだ。もちろん勝利ボーナスは1000ドル以上だ。財政的にはやはりつらい、しかし、俺は金のためにプレーをしているわけじゃないんだから」

 

サッカーの試合と同様、広い視野を持つことは必要であると考える。