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『ビバ!メキシコ86』別冊サッカーマガジン 1986年初夏号

7月サッカー本
 
『ビバ!メキシコ86』別冊サッカーマガジン 1986年初夏号

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発行所 ベースボールマガジン社
1986年5月31日発行
 
ロシアワールドカップが終わりに近づいている。今大会も強烈だった。どの試合を見ても、見終わった後の感覚は、86年のメキシコW杯に感じたものと似ていた。とても不思議な感じがする。僕の質感の理由の1つには、勝ち進んでいる国がメキシコW杯に似ているということがある。また強豪国のスーパープレーヤー達が、その当時のスーパープレーヤーと被るところがある。マラドーナであったり、プラティニジーコリネカーだったりと現在のプレーヤーと重ね合わせる。
 
メキシコW杯は僕が初めて生中継で見たワールドカップである(82年はビデオ観戦)。その当時、高校生だった僕は、現在と同じく夜明け前にゴソゴソと起きだして、テレビの前に座った。その当時、日本がワールドカップに出るなんてことはこれっぽっちも思わなかったし、ましてや決勝トーナメントに進むことなんて、夢にも思わなかった。
 
メキシコW杯の出場国は24か国。テレビ放送はたった17試合だった。とはいえ、サッカー雑誌でしか見たことのないマラドーナジーコプラティニのプレーを映像で見ることができるまたとないチャンスだった。
 
今でも語り継がれるマラドーナの5人抜きを生中継で見たことは、一生の記憶の中の宝物である。また準々決勝の事実上の決勝戦、フランス-ブラジルの試合も、眠気を吹っ飛ばされて、テレビの画面に食いついた。
ブラジル先制、プラティニのゴールで同点。ジーコが試合中、PKを外し、延長、そしてPK戦。今度はプラティニがPKを外した。
 
僕はいろいろな大会の直前号が好きで、大会が終わって改めて目を通す。予想が外れたライターやノーマークの選手、大会の展望などを再読する。
この雑誌には日本のライターでなく、世界のライターの翻訳展望が載っている。
 
【ジャック・ティベールの文章を抜粋】
もっとも恵まれているチーム、それはブラジルだ。その純粋で、光り輝くフットボール、その魔法のようなフットボールは、1982年にすでに他のすべてのチームを超越していた。~略~ もしブラジルが、この昔の栄光を超え、ヨーロッパのフットボールを真似することを求めるようなことをしなければ、その芸術的で自由な性質のおもむくままに自由にプレーするならば、そしてベテランのファルカンジーコソクラテスがさらにもう一度サンバを踊ることを受け入れるならば、そのとき、ブラジルはその王冠にもうひとつダイヤモンドを埋め込むことになるだろう。
ともあれ、1986年のワールドカップは、その根源への回帰となるだろう。攻撃的でスぺクタクルなフットボールへの回帰だ。~略~ ブラジル対フランスの決勝戦となることを、願いながら。
 
本棚の奥の奥から何十年ぶりかに再会する雑誌である。改めてページをめくると、ほんのちょっと昔の出来事のような気がする。けれど写真を見ると、現在のドイツは西ドイツであり、ロシアはソ連(CCCP)である。変わらないのはユニホームカラーだけである。