サッカー本 0087
『PK』
最も簡単なはずのゴールはなぜ決まらないのか?
著 者 ベン・リトルトン
訳 者 実川 元子
発行所 株式会社カンゼン
2015年12月25日発行
この本はPKについて、ありとあらゆる世界各国のPKの歴史、データが多角的に考察されている。選手、監督、審判などのサッカー関係者だけでなく、心理学者や脳生理学者などの話を参考に、400ページに及ぶ厚い本を書き上げた。著者のベン・クリントンはイングランドのフットボールライターである。イングランドのライターなので、このような本が出版されても不思議ではない。なぜならばイングランドはワールドカップではPKで1度も勝ったことはなく、ユーロでも1回しかPK勝利がない。この本が出版された後、ロシアW杯(2018)でイングランドは初めてワールドカップで勝った。主要大会では22年ぶりのPKでの勝利だった。記憶に新しい20ユーロでも、サウスゲート監督(選手時代に外している)の因縁もあり、イタリアにPKで負けている。
PKはサッカーにおいて恐らく最も簡単に奪えるゴールである。ゴールラインから12ヤード(11メートル)のペナルティスポットから、静止したボールを蹴るだけだ。ところが、考案されてから120年以上が経つPKの歴史には、数々のドラマが生まれ、ミスによって流された涙は川になるほどだ。簡単なはずのPKがなぜとんでもなくむずかしくなってしまうのか?PKに成功する秘訣とはいったい何だろう?
9章に分かれたさらにその中の見出しが興味深い。
PK失敗に繋がりやすい回避行為
練習と準備は異なる
PKで強さを発揮する気質
コイントスは勝率を6:4にする
監督がPKに及ぼす影響
PKをめぐる倫理的な問題
その他、ラクビー、ゴルフ、ハンドボールの他競技を参考にして、奥深い考察をしていることで、PK勝利への執念を感じることができる。僕が好きな箇所は、アルゼンチン代表の試合でのパレルモの話である。1999年、ビエルサ監督に召集された。パレルモは、コパ・アメリカの予選リーグのコロンビア戦で、PKキッカーを任された。アルゼンチンは試合開始5分にPKを獲得。パレルモのキックはクロスバーに当たり外れた。3分後にコロンビアがPKを獲得し、1-0として前半を折り返す。後半、コロンビアがPKを獲得し、今度はアルゼンチンGKがセーブ。残り15分でアルゼンチンがPKを獲得した。ビエルサはベンチからアジャラに蹴るように指示を出したが、パレルモは頑なに自分が蹴ることを譲らなかった。パレルモのキックはクロスバーの上を超えていった。すぐに試合は動き、コロンビアが2点を追加した。残り時間2分、パレルモがPKをもらい、またも自分からボールをセットした。3回目のキックはGKに跳ね返された。
3回のPKを失敗したパレルモは、世界のPK史の中でも常にランクインする。
なによりも、このような素晴らしい本が翻訳されるという日本サッカーの進歩した立ち位置に感謝しなければならない。戦術とか名監督本とか名選手本はもちろん、コアなサッカーファンに読み応えのあるこのような本が、翻訳本として出版されることは素直にうれしい。
PKの失敗の記憶は人それぞれである。それでもなお、多くの人の記憶に刻まれているPK失敗の象徴的なプレーヤーはロベルト・バッジョだろう。
PKを外すことができるのは
蹴る勇気を持った選手だけだ