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『スタジアムの神と悪魔』

2月サッカー本
 
『スタジアムの神と悪魔』

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著 者 エドゥアルド・ガレアーノ
発行所 みすず書房
1998年4月14日発行
 
ウルグアイはもちろん、ラテンアメリカの代表的な作家であるエドゥアルド・ガレアーノのこの著書は、10ヶ国で翻訳されている極上のサッカーエッセイである。とてもラテンアメリカ風な文体で読んでいて心地がよい。
 
その書き出しが何とも言えない。
ウルグアイ人なら誰でもそうだが、私はサッカーの選手になりたかった』
 
本書は壮大なスケールでサッカーの話が展開される。解説には「ガブリエル・ガルシア=マルケスと双璧を成す」とあるけれど、本当にそうだと思う。ガルシア=マルケスの『百年の孤独』を読んだ後と同様の読後感を味わえる。そしてテキストとして、サッカーを深く掘り下げることができる。151話からなる本の中で興味深いエッセイをほんの少しあげる。
 
「ボールを旗と掲げて」
戦争とサッカーまたは政治家、権力者、独裁者とサッカーはサッカーを勉強する上で避けては通れない。1934年、38年のイタリア代表とムッソリーニ。スペイン内戦でのカタルーニャバスク代表、ボリビアパラグアイのチャコ戦争、ソビエトハンガリー侵攻、植民地宗主国による囲い込みによるアルジェリア代表。その中でも、ナチスディナモ・キエフの「死の試合」は深く掘り下げるに価する。「勝ったら命はないと思え」と警告されながら、ヒトラー側の代表チームを駆逐し、試合後に銃殺されてしまう(この「死の試合」の本は別にあるのでまた紹介したい)。
 
「ペレ」
ペレは戦争を止めている。ナイジェリアのビアフラ戦争。ペレがナイジェリアに遠征した時の試合前後48時間が停戦になった。コンゴ紛争においても試合観戦のために休戦となった。
 
「バルボサ」
50年のブラジルW杯での「マラカナンの悲劇」は有名である。ブラジルの敗戦は人種差別も色濃く残る時代であるがゆえに、GKのバルボサに向けられた。93年のアメリカW杯予選、バルボサはセレソンを激励したいと思いキャンプ地を訪れたが、上層部はバルボサの立ち入りを禁じた。生涯戦犯扱いされたバルボサを勉強してみたくなる。
 
このエッセイではさらりと書かれているけれど、一つ一つの出来事はサッカー史でも重要な事ばかりである。あげればきりがないけれど、シューマッハーの告発によるドイツ代表の薬物使用、コロンビアのエスコバルがW杯での自殺点により射殺された事、第1回W杯から94年のアメリカワールドカップまでの事など、多くの示唆を含みつつ、サッカーに対する愛情にあふれている。
 
名著とはこういう本の事を言うのだなと心の底から思える一冊である。もしサッカー文学史というカテゴリーがあるならば、間違いなく1位にランクされる本である。