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『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』

6月サッカー本

フットボールの犬』欧羅巴1999-2009

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著 者 宇都宮徹壱

発行所 東邦出版
2009年11月13日発行
 
この本は第20回ミズノスポーツライター賞を受賞した作品である。文庫本は2011年11月に出版されている。現在でも気軽に手に入る本である。
サブタイトルにあるように1999年から2009年までの10年にわたるヨーロッパ・フットボールの取材を1冊にまとめた本である。著者は写真家・ノンフィクションライターであり、「文化としてのフットボール」を切り口として活動している。写真もさることながら文章も美しい。
 
本文より~
私はフットボールを愛する写真家である。ただし、写真だけでは食えないので、モノ書きも兼任している。そんなわけで、肩書は「写真家・ノンフィクションライター」なのだが、実際には、同業者が決して足を踏み入れないような辺境の地をほっつき歩いては、フットボールに興じる子供たちや、「わが街のクラブ」に情熱を注ぐ大人たちにレンズを向け、シャッターを切ることを生業としている。
 
まえがきにあるように、「フットボールのある日常」をテーマとして、ヨーロッパを旅している。その旅先が普通の人が目にも留めないまさに「辺境」である。辺境としか言いようのない街にもフットボールが必ず存在する。著者の目に映るその情景は本書の写真で目にすることが出来る。そして著者の文章が僕の想像力を掻きたてる。その街々に、日常生活に欠くことのできないフットボールがある。その豊かなフットボール文化を重く、深く感じることが出来る。
 
僕が特に好きなところは『7章 羊の島に生まれて フェロー諸島』である。
人口4万ちょっと、ナショナルスタジアムの収容人員8020人の国に、ユーロ予選でドイツ代表がやってきた。著者は、島民の優しさと寛容さに心洗われる。もちろん読んでいる僕もそのフットボールの風景に心打たれる。最後の締めくくりの文章が最高に素敵である。
 
フェロー諸島フットボールを巡る状況は、今後も劇的に変化することはないだろう。彼らはずっとアマチュアの身分を守りながら、ユーロやワールドカップのような大舞台に登場することはなく、それでも世界の片隅でフットボールを愛し続けることだろう。
だがそれでいいではないか。そんなフットボールの営みもまた、十分「あり」なのだと思う。
気が付けば、羊の島の人々は、さりげなく、しかし明快に、フットボールの原始的な喜びを私に提示していた。
 
あとがきを抜粋する。
フットボールは、人間の業や性といったものを映し出す「姿見」でもある。この事実についても、あらためて言及しておく必要があるだろう。
 民族問題、移民問題、格差問題、政治とスポーツの問題、あるいはテロリズムやフーリガニズムの問題。20世紀から続くこれらの諸問題は、21世紀の幕開けから10年を迎えようとする現在も、歴として存在する。それどころか、フットボールというフィルターを通すと、より具現化してわれわれの目前に迫ってくるようにさえ感じる。
~略
 かつて、世界情勢に問題意識を持つジャーナリストやフォトグラファーは、紛争地帯の最前線こそが「現場」であると信じて疑わなかった。だが今なら、フットボールの「現場」も加えてよいのではないか。いやむしろ現代のフットボール界こそが、世界の矛盾と相克、さらには人間の業や性といったものが如実に発露する「現場」であると心得る。
 
サッカーの上手い下手は関係なく、世界中には我々が想像している以上に、サッカーを愛する人々が多数存在していることを感じることが出来る本である。フットボールの奥深さ、多様性はまさしく人生を濃縮させている。または人生そのものである。
少し淋しさを感じる文章と何かしら心に訴えかけてくる写真を見ながら、世界の片隅で繰り広げられるフットボールを感じるには最高の本である。