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『カズ、ヤスの母親に学ぶ ズバリ、一流のストライカーに育てる本』

サッカー本 00101

 

『カズ、ヤスの母親に学ぶ ズバリ、一流のストライカーに育てる本』

著 者 三浦由子

発行所 KKベストセラーズ

1993年4月5日発行

 

Jリーグ開幕から今年で30年が経つ。Jリーグに関連して何か面白い本がないかと本棚を物色したところ、良い本が見つかった。おそらくその当時はそれほど注目もされなかった本である。

タイトルから分かる通り、読者層が拡大しにくく、どちらかと言うとカズ(三浦知良)、ヤス(三浦康年)の人気に便乗したJリーグのライト層向けの本であったように思える。

ところが30年経った現在、改めて目を通すと、Jリーガーの母親が書いた本であるという点と、加えて日本では知らない人がいないほど有名になってしまったカズの母親の本である点が再評価される。またこの本の発売がJリーグ開幕1ヶ月前であり、Jリーグがブレイクするかしないか、三浦カズ、ヤスの2人が日本を代表するような選手になるかならないかが分からない前に出版されたことが(現在になって)価値を上げるポイントである。

内容ははっきり言って、タイトルにある「ズバリ、一流のストライカーに育てる本」ではない。有名無名に関わらず、2人の子どもを優しく愛情を持って育てた母親由子の回顧録である。心温まる素晴らしい本であり、母親の心情が素直に書かれていて、涙を誘う内容である。

 

この本は、離婚後、静岡でお好み焼き屋を営みながら、泰年・知良、そして知良の4歳下の長女・未華子の三人の子を育てた私のささやかな記録です。それはまた、ヤスさん、カズさんのサッカーの物語でもあります。

この本が、サッカーを愛する子どもたちの、あるいは子育て中のおかあさん方の、なにかのお役にたてれば、これほどうれしことはありません

 

ヤス、カズの母親視点からの成長する描写と記憶。ほろ苦い想い出、たいしたことではないと思っていても、母親からすると涙が止まらないほどに感激する絶対に忘れることができない想い出が綴られている。

中・高の先生たちの2人との当時の出来事、妹美華子の兄たちのささやかな出来事の思い出も多く語られている。ブラジル留学では、2人は多くの手紙を母親に書く。その貴重な手紙もたくさん紹介されている。それに加え、小さい頃の2人のお宝写真が要所要所にあり、読者の想像力が膨らむ構成になっている。

読み方によっては、かなりの箇所で、心揺さぶられ涙するシーンがある。個人的に好きな所を抜粋する。

カズがブラジルへ旅立つ日が12月20日と決まる。そして家族で成田まで見送りに行く。

新幹線で東京へ。その日は学校を休ませた泰年、美華子を連れて、店を臨時休業し、私も知良を送っていきました。東京の渋谷のホテルで一晩泊まり、家族揃って食事。でも、あのときばかりは新幹線の中でも、ホテルでも目を真っ赤に泣き腫らして、人目もはばからずに泣いていました。もうカズさんには、会えないんじゃないか。これが、知良を見る最後になるんじゃないかと思うと、涙がとまらなかったんです。美華子も泣いていたし、知良も泣いていました。ヤスさんも目を赤くしていたように思います。

翌日、あっという間に着いた成田空港。

「からだにだけは気をつけてね」

「何かあったら必ず手紙をだすのよ」

見送る私たちに、カズさんは一度も、決して振りかえらなかった。

振りかえったら、きっと、気持ちが萎える、くじけると思ったんでしょうね。

あの15歳の後姿は、いまでも目の前にはっきりと浮かぶほど、鮮明に思えています。

 

 

前にも書きましたが、日曜日は店のかきいれどき。サッカーの試合を見に行けるなんて状態ではなかったから、子どもたちの試合を見ることができたのは泰年の高校選手権の決勝くらいだったんです。その分を取り返そうと、今はよく試合に出かけています。

~略~

サッカーに関してはまったく素人なんですが、素人なりに、

「今日は、ああだった、こうだった」

とちょっとでも批判めいたことを言うと、

「サッカー知らないくせに。かあさんは黙っていればいいんだよ」

と、二人ともすぐ怒るんです。そのくせ試合が近づいてくると、

「かあさん、今度の試合来る?」

と必ず聞く――。

笑ってしまいます。

 

あとがきで書いていることが、後々に実現していることも、この本が輝きを放つ1つである。

ヤスさんも、そして今年8月に結婚するカズさんも美奈子さん、りさ子さんというほんとうにいい伴侶を得て、私もホッとしています。しかもそれぞれのご両親も立派で、優しさをもってくれた方で、これ以上の幸せはないと思っています。

待ちに待ったJリーグ開幕も間近にせまってきました。

私も忙しくなります。

「かあさん、試合に来るの?」

「兄貴の試合と、俺の試合どっちにいくつもり?」

カズさんから、また半分催促の電話がかかってくるでしょう。

ヤスさんからも、

「また、カズの試合に行くのか?」

とやんわり催促されそうです。

カズさん、ヤスさん、頑張って!

そして「三浦兄弟旋風を巻き起こすんだ」と、ブラジルで力強く宣言していたヤスさん。

「ワールドカップに出場したい」「イタリアでもプレーしたい」と昔から言っていたカズさん。

夢に向かって、これからも大きくはばたいてほしい。――それが母の心からの願いです。

 

現在サッカーをしている子を持つ母親、現役選手には、もしかしたらしっくりこない内容かもしれない。ヤス、カズと同じ時代、同じ歳月をサッカーと共に生きてきた中年サッカーおじさんが、一番感激できる内容になっているとも思える本である。