サッカー本 0098
『フチボウ』美しきブラジルの蹴球
著 者 アレックス・ベロス
訳 者 土屋 晃・対馬 妙
発行所 株式会社ソニー・マガジンズ
2006年5月20日発行
サッカー、フットボールと聞いて、まず思い浮かぶ国はブラジルである。ワールドカップ最多優勝回数を誇るブラジルは、誰もが認めるサッカー王国である。
この本は、サッカーに取り憑かれた国ブラジルについ書かれた名著である。500ページを超える大作で、読み応えのあるハードな内容である。
著者のアレックス・ベロスはサッカーの母国から海外特派員として98年にブラジルにやってきた。ブラジルサッカーそのものを、ブラジル人ではない著者が論じるその着眼点が面白い。
ジャーナリストとしては、サッカーが人々の日常にどのような影響をおよぼしているかに心奪われていった。仮にサッカーが文化を反映するものなら(私はそう思っているけれども)、いったいブラジルのどこがその選手やファンたちをそれこそ(まさしく)ブラジル人たらしめているのか。
ブラジル人が愛国者としての誇りを前面に出し、われわれは「サッカーの国」に暮らしていると言うとき、そこにはどんな意味がこめられているのだろうか。
15章からなる本の中で好きな章は、「5章 脚の曲がった天使」、「15章 ソクラテスとの対話」である。栄光と葛藤、晩年の惨めさ、サッカー選手そのもののサウダージまでもを感じることができる。
十四歳になるとパウ・グランデの誰もがそうするように、地元の製紙工場で働きはじめたが、およそ役に立たない従業員だった。
リオの有名クラブの入団テストを受けにいったのもしぶしぶだった。ヴァスコ・ダ・ガマのテストでは、スパイクを持っていかなかったために追い返された。フルミネンセのテストでは、パウ・グランデに戻る最終列車に間に合わなくなると言って途中で帰ってしまった。数年後、ガリンシャはボタフォゴのテストに合格した。
ピッチ上で、まるで精霊のように浪漫を振りまきながら自由にふるまうガリンシャは、とんでもない世間知らずでもあった。心配した友人たちは、財政の助言者を雇うように彼に勧めた。パウ・グランデにあるガリンシャの自宅を訪ねたふたりの銀行員は、食器棚や家具の裏、果物の鉢のなかに朽ちかけた古い紙幣を見つけてショックを受けた。家はぼろぼろだった。二度にわたってワールドカップを制覇した男の暮らしは、貧しい工場労働者のそれと少しも変わらなかった。
ボタフォゴはガリンシャの邪気のなさにつけこみ、白紙の契約書にサインをさせては、あとから詐欺同然の報酬額を記入していた。しかも口では支払うつもりのない金額を約束したのである。クラブは誰よりも価値のある選手だったガリンシャに対して、ほかの選手並みの給料さえ支払っていなかった。
ブラジルの底知れぬサッカーへの情熱とアイデンティティは、多くの物語が詰まってこそ生まれるものである。サッカーを嫌いなブラジル人、サッカーと関係ない事象でさえ、ブラジルという国ではすべてがサッカーに結びついているような気さえする本である。
2002年日韓ワールドカップで、ブラジルが優勝をしてから20年の歳月が経つ。優勝当時、その後の新聞で内省を行う。
「なぜわれわれは国として、サッカーでおさめる成功の半分しか手に入らないのか?」
そろそろブラジルの番なのかなと思っている。カタールW杯が楽しみである。