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第60回全国高校サッカー選手権大会決勝 韮崎-武南

第60回全国高校サッカー選手権大会決勝 韮崎-武南

 

正常にまでは戻っていないとは言うものの、学校が再開した。少しずつ生活が戻りつつある。試合が始まった時、どんなプレーをするかが楽しみである。こういう時代からこそ、韮高こそが韮崎、山梨をけん引する原動力とならなければいけない。はるか昔、韮崎や山梨という範疇をはみ出し、全国の高校サッカートップを走っていた韮高をもう少し振り返る。

 

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ずっと見てみたかった武南との決勝戦をようやく目にすることが出来た。映像では準決勝のハイライトが流され、開始早々の得点を見ることができる。

7年連続22回目の出場で4度目の決勝の韮高と2回目の出場で初優勝を狙う武南との試合は、多くの高校サッカーファンは韮高の優勝だと予想したと思う。キャプテンの小尾さん、今大会屈指の破壊力の攻撃陣の1人大柴剛さんは1年の時に、決勝の帝京戦に出場している。ドラマ性、めぐりあわせ的には韮高が優勝した方が本来なら良かった。

 

勝戦の観客は5万8千、武南は全校生徒1300人の応援。韮高は1、2年生の全員と3年生の有志の生徒1000人。バスでの応援は、父母の会8台、一般40台、学校17台の計65台で、韮高の優勝を見届けようと国立競技場へ詰めかけた。決勝戦の視聴率は、地元の韮崎が91.4%、甲府で85.5%という驚異的な数字になった。

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試合開始から流れは韮高だった。ファーストシュート(大柴剛さん)、そして2本目(小沢栄一さん)とゴールにはならなかったものの、試合の入り方としては素晴らしかった。羽中田さんのシュートもあり、韮高ペースで試合が進んでいた。前半を折り返す頃、韮高の攻撃から武南のカウンターがはまる。星野からのロングパスを柴崎が受けてドリブルからシュートされ失点。たった1本のパスで決定機になってしまった。ここからは武南の流れとなり、良い形を作られてしまう。そして6分後に星野に追加点を奪われて0-2。

 

2点のビハインドからの韮高の攻撃は、羽中田さんが際立っている。ボールタッチの柔らかさ、ドリブルでゴールへ迫るプレーは見どころである。チャンスはあった。後半は松本暁司(昨年9月死去)の解説にあるとおり、韮高は個の力での攻撃となり、ドリブルが多くなってしまった。

試合は0-2のまま終了し悲願の優勝は成し遂げられることはなかった。この時の横森監督は本当に悔しそうである。「あの時は悔しくて涙が止まらなかった」と後日語っている通りである。横森監督は日本高校選抜のヨーロッパ遠征の監督に選ばれ、韮高の選手も6名が選出された。

 

試合に関係なく、国立競技場の電光掲示板は修理中だった。そしてこの年は鰻池先生が新任で韮高へ赴任となった。また名物校長である水上節郎先生が校長となった年だった。

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もちろん韮高の優勝を前提で動いていたので、祝勝会とはならないまでも準優勝報告会があった。今では懐かしい旧韮崎市役所前には2000人の市民が韮高イレブンを目にしようと集まった。韮崎市営グランドからのオープンカーに乗っての祝勝パレードもあった。

 

この時代、韮崎市スポーツ少年団は8チームあった。交代選手も含め決勝のピッチに立った選手の8人が韮崎のスポ少で育った選手だった。韮崎のスポーツ少年団全員を集めて、今はなき韮崎市民会館で祝勝会を韮崎市サッカー協会が開催してくれた。

個人的な思い出となるけれど、僕もその祝勝会に参加し、国立のピッチで闘った選手と触れ合った。市民会館大ホールは小学生だらけで、今では定員オーバーとかで消防法なんかに引っかかってしまうけれど、とにかくものすごい人数の小学生が集まった。高校生の選手がとんでもないスター選手に見え、目の前で実物を見れたことは、サッカーをやるにあたってのものすごいモチベーションになった。その時、高校生だった先輩は、小学生に呼び捨てにされて、もみくちゃにされて、サインを書いたりして迷惑だったかもしれない。けれどその当時の単純なサッカー少年にとっては、ものすごい夢と目標をもらい、希望と郷土意識を与えてくれたことは、何事にも代えがたいことであった。目の前に目標とする選手がいて、地元に絶対に目指す高校があって、そこに向かって確固とした動かない信念と志を植え付けてくれた韮高サッカー部に今も感謝している。サッカーがうまくなりたいと本気で思った少年は全国でもたくさんいたと思う。

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