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『サッカーの敵』

7月サッカー本
 
サッカーの敵

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著 者 サイモン・クーパー
訳 者 柳下毅一郎
発行所 白水社
2001年3月10日発行
 
サッカー本の名著を挙げると必ずと言っていいほど名を連ねる本が、この『サッカーの敵』である。著者のサイモン・クーパーが、22か国をめぐって書き上げた本である。著者が序章で書いている通り、「これは世界でフットボールが占める地位についての本である」であり、フットボールがただのフットボールだったことはないのだ」である。
 
民族や宗教、地域性という視点よりも、政治に重きを置き、時の権力者が、どのようにサッカーとのつながり、サッカーを政治の道具として利用したかが分かる。戦争、革命、マフィア、独裁者、植民地支配、殺人と、サッカーと密接に関係したレポートであり、汚職、回収、八百長、癒着とありとあらゆる暗部が書かれている。
 
僕が一番好きな章は、南米のアルゼンチンに書かれた章である。軍事政権下での78年ワールドカップ自国開催での暗部である。大会MVP、得点王のケンペスの活躍で記憶に残るけれど、決勝の対戦相手オランダのクライフは、軍事政権の弾圧に反対し不参加だった。準決勝のペルー戦での、国家主導によるペルー回収、八百長疑惑は一読の価値がある。
 
~略、ペルー軍部は金に困っており、喜んで軍政仲間に助けの手を伸ばした。アルゼンチンはペルーに3万5千トンの小麦と、おそらく武器も無償提供し、アルゼンチン中央銀行はペルー資産5千万ドルの凍結を解除した。
 
クーデターを起こした将軍が、ワールドカップ開催組織を立ち上げ、初めての記者会見に向かう途中で、撃ち殺されたこと。
ワールドカップの選手宿舎は、ちょっと前までアルゼンチンのアウシュビッツと呼ばれた海軍の拷問収容所だったこと。
ワールドカップ前に軍隊が清掃作戦を行い、1日で200人もの政治的容疑者が行方不明になったこと。
軍政によるワールドカップの利用は、優勝後も続き、フォークランド戦争へとつながっていく。フットボールは国の精神的支柱である。それこそがその価値だ」。将軍が高々と声をあげている。
 
世界の国々のサッカーに対する強烈な情熱を感じられる本書を読むと、日本のやさしすぎる環境が際立ってしまう。巻末の解説で後藤健生氏がしっかりと締めくくっている。
Jリーグができて以来、日本ではサッカーというスポーツは明るく、楽しく、軽い、若者のスポーツといったイメージが出来上がってしまった。それはそれでいいのだが、日本サッカーはこれから世界と戦っていかなければならないのだ。世界のサッカーの華やかな面はサッカー雑誌などでしばしば紹介されるが、『サッカーの敵』で紹介されるような、各国の裏事情を知っておくことは、サポーターたちにとっても、また選手たちにとっても必要なことなのではないだろうか。