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『サッカーデータ革命』ロングボールは時代遅れか 

12月サッカー本
 
『サッカーデータ革命』 ロングボールは時代遅れか

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著 者 クリス・アンダーセン & デイビット・サリー
訳 者 児島 修
発行所 辰巳出版株式会社
2014年7月1日発行 
 
この原書が出版されたのは2013年6月。時代背景的にはブラジルワールドカップが開催された1年前である。スペイン、バルセロナのポゼェッション全盛の時代であった。サブタイトルである「ロングボールは時代遅れか」が示す通り、ポゼッションこそが勝利の最短コースであると考えられていた。
本が出版されてから3年、大きくサッカーが変わりつつある。そして改めてこの本を再読すると、あとがきにあるように「知的興奮」を以前より増して味わうことができる。
 
この本の中には膨大なデータが存在する。しかし著者が述べるように「重要なのは、データから有意義な情報を見出し、そこから学ぶことである」。そして「これからは分析的かつ科学的な視点でサッカーを見るようになる。サッカーという本質は変わらない。だが私たちがサッカーについて考える方法は根本的に変わっていくだろう」とも述べている。さらに「アルバート・アイシュタインが言うように『数えられるすべてが重要なわけではなく、重要なものすべてが数えられるわけでもない』のだ」とも述べている。
 
僕がとくに興味深く感じたところは3つある。
 
第1章 運に身を任す
この章は「サッカーは確率論的なスポーツである」と考える所である。現在のデータ分析の礎を築いた人物イギリス人空軍中佐チャールズ・リープの論文(1968年)『サッカーにおける技術と偶然』ではサッカーは実力と同じくらい偶然に左右されるスポーツであると膨大なデータを収集し主張している。
現在、サッカーを研究対象としている科学者は少なからずいる。そのテーマは「サッカーでは、実力と運は、勝敗にどのくらい影響しているのか」である。本書は「予測性」と「偶然性」を理解するために、過去およそ百年間のヨーロッパの各国のリーグ戦、カップ戦、1938年以降のW杯を対象とした数万の試合を分析した結果が載っている。その結論は半分が運で、半分が実力の「50対50」のゲームである。
また本書は「偶然性の概念」を用いて様々なデータからそのことを立証する。天体物理学者が代数とベイズ統計を用いて「実力が高いチームが実際に試合に勝つ確率」を明らかにしたデータもある。ここでもやはり「50対50」である。
この章の最後に著者はこう締めくくっている。
「サッカーの半分は論理的だが、半分は偶然だ。サッカーと共に生きて行くには、私たちは偶然性を受け入れなければならない。偶然はコントロールできない。ピッチで起きることの半分が、私たちのコントロールの範囲を超えていることを認めなければならない。だがチームは、残りの50%を高めるための努力ができる」。
 
第4章 光と闇、攻撃と守備
この章の中の「吠えない犬を評価すること」、「陰と陽のバランスゲーム」はデータ分析の限界もしっかりと記述している。
「人間は、実際に起きたことを記憶し、過度に重視しようとする傾向がある。そして“起きなかったこと”は簡単に無視してしまう」。このことがサッカーの見方を大きく左右していると訴えている。殊にディフェンスである。ディフェンスの評価は、失点しないことである。その評価の対象は実際に起きていない出来事である。シュートを打たせなかったこと、クロスを上げさせなかったこと、スルーパスを通させなかったことはデータの対象になりにくい。
シャビ・アロンソの言葉が引用されている。
「若い選手が、タックルが質の高いプレーであり、自分の得意なプレーにできるものだと教育されていることが理解できない。たしかにタックルが必要な局面はある。だがそれは最終手段であり、望ましいプレーではない」。アロンソにとってタックルは良くない状況で行わざるを得ないプレーなのだ。
またパオロ・マルディーニはめったにタックルをしない。データによると2試合に1回しかしなかった。正しいポジションングをとることで、リスクの芽を事前に摘み取っていたからだ。良いディフェンダーは、タックルをしない。ほえる犬は、吠えなければならない状況に陥っていたからだ。
守備への理解と評価なくして、サッカーはあり得ない。
「守備は性質上、測定が難しい。どのスポーツでも、守備の統計値は、攻撃のそれより原始的なものになる。そしてこれは単にスポーツだけではない。人生でも、戦争でも、恋愛でも同じだ」。
 
第11章 機能する監督とは
ここでは、「才能は生まれ持ったものではない」と述べていることである。
音楽であれ、スポーツであれ、才能は生得的なものではなく、訓練の結果だとデータを用いて実証している。
「技術とは、才能のある者を選ぶことではなく、学ぶ意欲のある者を鍛えることによって得られることを言う」と展開し、しかし「その能力はどこにでも持ち運べない」と選手の移籍を具体例にして述べている。組織の文化だったり、人材が組織に適合する環境だったりが複合的に絡む。
 
 
いずれにせよ、本書はとても魅力的な本である。何がサッカーを特別なスポーツにしているかを知るための最も簡単な方法は、サッカー以外の競技に目を向けることである。サッカーがチームスポーツの中で最も得点の少ないスポーツである。そしてサッカーは並はずれて非効率なスポーツである。「ゴール」の希少性がサッカーを魅力的にしている一つであると著者は考えている。

 


追記
この『サッカーデータ革命』を検索して見ると、多くの方が書評していた。自らが書く前に読まないで良かったと思った。多くの方に支持されている本である。