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『11人のなかの1人』 ~サッカーに学ぶ集団の論理~

『11人のなかの1人』 ~サッカーに学ぶ集団の論理~

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著 者 長沼 健

発行所 生産性出版

1975年7月20日 初版発行

 

「サッカーの本質について」というタイトルで、ブログで3回ほど綴ったけれど、サッカーの本質という切り口ではなく、僕の興味を引いた本という切り口で綴りたい。「サッカー本」ということで路線変更。
 
サッカー人の端くれとして、これだけはというサッカー本の名著を紹介しておかなければならない。

1981年に新装され、そして長沼健氏が逝去された2008年に増補新装された。この本は日本サッカー界の中でも一番のロングセラーであると思う。1975年の発行。40年前のサッカー本である。この本は現在でも売れていて、普通に書店で手に取れる。・・・と言うことは紛れもなく名著である。そしてサッカーに通ずる人には必読書ではないか。

なぜ、この『11人のなかの1人』がいまだに売れ続けているのか。それはこの本の内容がサッカーに限った話ではないということである。サッカーの話が100%ではあるが、ビジネス書として啓発書としても読める広がりのある内容である。本書冒頭のはしがきには『本書が、発刊以来長い歳月を経過しても、われわれに与える示唆は大きい。むしろ現代の社会でこそ必要かもしれない「心」や「人間のあり方」を教えてくれる』と記されている。
 
著者の長沼健さんは(気安く呼ぶことに引け目を感じるが)、言うまでもなく日本の近代サッカーに貢献した最重要人物である。メキシコオリンピック3位の時の代表監督、トヨタカップ招致、日韓ワールドカップ招致と業績は日本サッカー界ではトップクラスである。

本の内容は6章に分かれている。現代のサッカー本の中では、めったに出会えない素晴らしい文章表現を目にすることが出来る。僕がジーンときた美しい文章を列記する。
 
第1章 戦いの前に
仲間の一人が苦境に立っているとき、それを助けることのできない選手は、自分自身が困難に直面したとき、仲間の支援を期待する資格はない。義務を果たさずして権利を主張する者は、サッカーの世界では生きて行けないことを知るべきである。
 
第2章 戦いにのぞんだ
(試合中の)自分自身の行動は自分で決めるしかない。そして一人の選手の行動によって、次々とチームの仲間の行動が決まってくることを考えれば、自分のプレーにいかに責任があるかを肝に銘じなければならない。
 
第3章 逆境のなかの勇者
人間の真価というものは、多くの困難に直面したときにこそ発揮されるものだと思う。気力も、体力も、技術も戦術眼も、鍛えみがくのは弱い相手をやっつけるためではなく、強敵との対決に備えてのことである。困難のなかにあって、くじけず、希望を失うことなく、立ち上がる勇気こそ、スポーツマンにとって欠くことのできない条件だろう。
 
第4章 グランド外での戦い
ひたむきであることにおいて、初心と円熟はよく似ているのだ。初心は夢中で、円熟は深い洞察力をもって、ひたむきに努力を重ねる。進歩にとって欠かせないものと教えられて初心者は努力し、プロフェッショナルは、そのことを冷徹に知りぬいて努力する。
 
5章 モラルとサッカー
スポーツマンはつねに全力を尽くさねばならない。強い弱いのレベルに関係なく、自分のベストを尽くさねばならない。それが自分にたいして、チームにたいして、そして社会にたいしての義務というものだ。そして、そのことが、とりもなおさず。スポーツマンのモラルということになる。
 
第6章 フォア・ザ・チーム
青春の一時期を、こういったスポーツの世界で過ごすことを私は心から若い人たちにすすめたいと思う。貧富や学歴や階級などに全く関係のない世界で、思きり、自分の能力を試してみることだ。
そこで、その人は、他の世界では見ることのできない「なにか」を発見するにちがいないと思う。その「なにか」は、その人の人生に重要な意味を持つ「なにか」となるだろう。
 
サッカーに対しての切り口が鋭く、隙がない。そして読む者を元気にさせてくれる。そして締めくくりにはこのようになっている。
 
「勝利への道の探索が、そのまま人間性の追求につながっていることをいつまでも信じていたいと思う」
 
一読するというよりは、何度も事あるごとに事が手にすることが出来れば良いのではと思っている。韮崎高校サッカー部の現役の選手は「知のサッカー」も探求して欲しいと願う。